この耳で生きていく

突発性難聴の日々を自分らしく暮らす

突発性難聴の発症からもうすぐ1年。最後の診察に行ってきました

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こんにちは。カナエです。

先日、3ヵ月ぶりに診察に行ってきました。
発症からもうすぐ1年。入院していた頃の季節がまた巡ってきました。

聴力検査の結果、診察の様子です。

聴力検査の結果 

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前回の聴力検査の結果と比べると、

  • 低音はほんの少し良くなった
  • 苦手(?)な高音(500~8000㎐)がさらに悪くなった

という感じでした。
平均聴力レベルは4分法で68.8dB。前回から6㏈ほど落ちていました。

 

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発症時~発症後約11ヵ月までの結果を比べた、オージオグラムです。

・・・発症時
・・・発症から約1ヵ月後
・・・発症から約3ヵ月後
・・・発症から約5ヵ月後
・・・発症から約8ヵ月後
🔴(紫色)・・・発症から約11ヵ月後

重なっていてかなり見にくい部分もあります。

診察は終了

発症からもうすぐ1年、聴力検査の結果に大きく変化はなし、めまいやふらつきの症状もなし。生活に支障もない。

ということで、主治医に「心配だったらまた3か月後に診察でもいいけど、どうする?」と言われましたが、予約は入れませんでした。

定期的に右耳の聴力は知っておきたいな、という思いはありますが、今回で診察は終了です。

突発性難聴の基本的で最低限の治療のみ、決して頼りがいがあるというわけではない主治医でしたが、「何かあったら、いつでも診察に来てね」と言ってくれたのは、心強かったです。

13日間入院して、そのあと約1年間通った病院をあとにするとき、何か感慨深いものがありました。

とにかく左耳を大事にしたい!

本トーに何の根拠もありませんが、もしかしたら、聴力検査の結果が少しは良くなってるかもと、期待をしていました。

が、結果は惨敗・・・。勝負じゃないし、わずかな数値ですが、そんな気持ちでした。

それで、帰りに車に乗った瞬間・・・
これからずっと聴力が落ちないか気にしながら生きていくのかとか、やっぱり色んな治療を試した方がよかったのかとか、ドドドドーーっといろんなことが押し寄せてきました。

後遺症が残った右耳のことは気にならない日がほとんどです。でも、検査で現実を見てしまうと、簡単に打ちのめされてしまいますね。ボッコボコのギッタギタです。

でもわたし今まで頑張った!!と、かろうじて残っていた力で言い聞かせ、健常な左耳を大事にしよう!と、あらためて思いました。 

 

 

 

 

突発性難聴を発症してから11ヵ月が経ちました。失くしたモノよりも今あるモノを大事にしたいです

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こんにちは。カナエです。

突発性難聴を発症してから、11ヵ月が経ちました。

この間、ドラマを見ていたら、病室のベッドで患者が点滴をさしたまま横たわっている、という場面が出てきました。

それを見た瞬間、自分が入院していた時の匂い、空気感がよみがえった!

1年近く経ったとはいえ、入院中の記憶は強烈すぎて、簡単には忘れないようです。きっかけがあれば、一瞬でタイムスリップしてしまいます。

とはいっても、辛い記憶ではなく、どこか懐かしい。それくらい、右耳の症状があまり気にならなることはない毎日です。

現在の右耳の様子

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はい、お馴染みのオージオグラムです。黄色の数値が3か月近く前の結果ですが、今も変わらないのではと思います。

ところで、3ヵ月前の聴力検査の右耳の平均聴力は62.5dBでした。

平均聴力によって、難聴のレベルも分かります。平均聴力61~80㏈は「高度難聴」だと思っていたのですが、50~70dBは「中度難聴」という分類もあります。

参考にするものよって違うようですが、何でかな?でも、高度より中度の方が心情的にはいいですよね。

今週は3ヵ月ぶりの診察があります。その時には聴力検査も受ける予定なので、またご報告いたします。

耳鳴り・耳閉感

耳鳴りは相変わらず「ザザーー」という音で鳴りっぱなし。ですが、あまり意識することはありません。

耳閉感も相変わらず、普段はほぼ感じませんが、人が多い場所、モーター音が大きいところなど、場所や状況によっては耳がボーンとします。

ふらつき

ふらつきは、ほぼ無くなりましたが、頭を振ると少しクラッとすることもあります。これはもう治らないんじゃないかなぁと思います。

それもあって、乗り物で酔うかもという不安が完全にはなくなりません

ふらつきが酷かった発症後しばらくは、常に酔いそうでした。そこからはかなり良くなったし、乗り物は平気ですが、乗っている間はスマホを見ても酔いそうな気がします。

でも気をつければ防げるので、問題はありません。

発症から11ヵ月経って思うこと

こうしてブログを書いているということもあって、突発性難聴について調べたりすることもあります。 

ですが、もっと良くなりたい!というパワーは出てこなくなり、自分でも驚いています。
これは「諦め」もあるかもしれませんが、突発性難聴の後遺症が残っているということが、自分の中で大きな要素ではなくなってきているからだと思います。

例えば、仕事を始めようかと考えた時、右耳の難聴のことは不安です。不自由なことがあるかもとか、迷惑をかけるかもという思いがあります。

ですが、今のままの暮らしでは、右耳の難聴も自分の中のただの一部分。すべてではありません。

失くしたモノよりも今あるモノを。
今はとりあえず、”中度難聴”の右耳の機能を低下させず維持すること(あわよくば少しでも良くなること)、そして健常な左耳を大事にしたいと思っています。 

 

 

 

突発性難聴の治療法に関する本を読みました。少しでも可能性がある治療法を知りたいです。

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こんにちは。カナエです。

突発性難聴を発症したら、どんな治療がいいのか、実体験をもとにした情報が、一番知りたい事なのではと思います。

わたしは、いろいろな治療法を試してきたわけではありません。
治療法を教えていただいたり、耳にすることはありますが、実際に試していないので、ここに書くことには迷いがありました。ですが、

突発性難聴は早期治療が鉄則!

なので、少しでも可能性のあることは、多くの方に知ってほしいです。
というわけで、治療法について書かれた本をご紹介します。

七戸満雄著『めまいは治せる!』と、清水俊彦著『頭痛、めまい、耳鳴り、難聴は治せる』です。

抗ウイルス薬が突発性難聴に有効?

厚生労働省には認可されていませんが、突発性難聴の治療に抗ウイルス薬が有効であると考え、実際に治療されている医師がいらっしゃいます。

その存在を教えていただき調べたところ、治療についての本を書いていらっしゃる医師がお二人。専門も治療に至った経緯も違いますが、とても興味深いです。

北海道札幌市・しちのへ内科の七戸満雄医師と、東京女子医科大学脳神経外科の清水俊彦医師です。

七戸満雄著『めまいは治せる!』

 『めまいは治せる!』の著者は、しちのへ内科・七戸満雄医師です。
メニエール病および周辺疾患はヘルペスウイルス感染症なのではないか」という仮説をもとに、主にめまいの患者さんに抗ウイルス薬による治療をおこなっていらっしゃいます。

この治療方法は専門医の学会などでは認められおらず、厚生労働省にも認可されていません。

ですが、七戸医師は実際に診察してきた経験から効果を実感されており、抗ウイルス薬の治療が保険適用されるようになることを願われています。

この本に書かれている症例は主にメニエール病ですが、メニエール病および周辺疾患として突発性難聴も記載されています。

七戸医師の思い、考え、治療法についても詳しく書かれていて、とても参考になるのではと思います。

こちらの本、絶版かもしれません。わたしは中古品を買いました。 

 

清水俊彦著『頭痛、めまい、耳鳴り、難聴は治せる』

清水俊彦医師東京女子医科大学脳神経外科客員教授)は、脳神経外科医です。著書の『頭痛、めまい、耳鳴り、難聴は治せる』では、このようなことが書かれています。 

  • 頭痛外来に訪れる患者さんを診ているうちに、帯状疱疹(たいじょうほうしん)ウイルスが頭痛に関係あるのではと気が付いた
  • 日本人の9割以上がかかる水ぼうそうを引き起こすのも、帯状疱疹ウイルス(ヘルペスウイルスの一種)。帯状疱疹ウイルスは、水ぼうそうが治ったあとも、体内から完全に消えることなく、神経にすみつづける
  • 眠っているウイルスが、さまざまな神経で暴れだし症状が現れると考えられる
  • その場所が内耳神経だと、突発性難聴につながることもあるのではないか

そして、原因のすべてがウイルスだとは言えないけれど、抗ウイルス薬が突発性難聴の症状の改善につながることもある、と書かれています。

本には、この考え方の詳しい説明、清水医師が治療している病気、治療方法、治療例などが、詳しく書かれています。

この本も絶版なのかな?これも中古品を買いました。清水俊彦医師は、他にも著書があるようです。

可能性がある治療を、患者が選べるようになるといい

突発性難聴は原因不明、特効薬はない、後遺症が残ればその後の人生に影響を及ぼすこともあります。しかも早期治療が鉄則、藁にもすがる思いで、治療法を探されている方もいるかもしれません。

わたしは本を読んだだけですが、この2冊の本に書かれていることが、すごく希望になるのではと思いました。(詳しくはネットで調べてみてくださいね)

現状では、認可されていない治療法です。批判もあるようです。
突発性難聴で抗ウイルス薬を処方してもらえても、保険は適用されず、高額の薬代は自己負担になるようです。 

医学界ではいろいろな事情があるかもしれません。
ですが、少しでも可能性がある治療法は早く知りたい。そして、効果、副作用などもしっかり納得したうえで、患者が選べるようになるといいなと思います。

 

 

 

 

  

映画『泣き虫しょったんの奇跡』を観ました。好きという気持ちが夢をかなえる!

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引用元:http://shottan-movie.jp/

こんにちは。カナエです。

映画『泣き虫しょったんの奇跡』を観てきました。
映画が公開されたら絶対に観にいきたいと思うほど、原作小説が面白かったのです。 

kono33.hatenablog.com

映画『泣き虫しょったんの奇跡

現役プロ棋士瀬川晶司(せがわしょうじ)さんの自伝的小説が原作の、映画『泣き虫しょったんの奇跡』。

小学生の頃から将棋が好きだった”しょったん”は、中学3年生で、プロ棋士養成機関「奨励会」に入会。
奨励会には、26歳までにプロになれなかったら退会という厳しい掟があります。26歳になったしょったんは奨励会を去り、プロ棋士への道は絶たれてしまいます。

その後、サラリーマンになったしょったんは、異例の方法で、プロ棋士になるチャンスを得る、というストーリーです。

主人公の瀬川さん=”しょったん”を演じるのは、松田龍平さんです。

奨励会」という未知の世界の闘い

原作を読んで展開を知っているだけに、はじめに松たか子さん演じるしょったんの先生が出てきた場面から、泣きそうでした。

奨励会」という未知の世界で繰り広げられる、闘い。それを覗き見たようで、将棋ファン初心者としては、すごく面白かったです。たぶん、本物の将棋会館内で撮影したんじゃないかな??

将棋って、静かな対戦というイメージです。でも、プロになれるかなれないかという場所では、精神的にギリギリで、爆発しそうな感じなんですね。そこを勝ち抜かないと、プロにはなれない。それがよく分かりました。

映画の舞台は将棋の世界ですが、どんなことも、「好き」という気持ちを持ち続けることが、夢をかなえることにつながると思わせてくれました。

それにしても、松田龍平さんを映画で初めて見ましたが、演技してる?と思うほど、本人のイメージそのままでした。

新井浩文さんもちょっと出演されていますが、もっと出てほしかったなぁ。

shottan-movie.jp

映画館ではお静かに

ところで、将棋界の映画だからか、映画館には年配のご夫婦のお客さんが多かったです。

そのなかの一組のご夫婦、映画が始まると、驚きや感想をそのまま声に出し、普通に会話。

ここはお茶の間じゃねぇぞーー

と心の中で叫んでいました。

映画館でのルールは守りたいものです。

 

 

 

ぬか漬けを始めました。

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こんにちは。カナエです。

少し前に、実家で母が漬けたぬか漬けのキュウリを食べました。

久々に食べたぬか漬けは、驚くほど美味しかった!
年をとったのか、地味なものが、しみじみと美味しく感じます。

発酵食品は血流にも良いようです。 

kono33.hatenablog.com

というわけで、我が家でも、ぬか漬けに挑戦しました。

初めてのぬか漬け

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張り切りすぎて、フライング

張り切って、容器とぬか漬けの素を買いました。それに合わせて地元の新鮮野菜を買い出しにも行きました。嬉しくて写真まで取りました。

でも、知りませんでした・・・。

はじめは「捨て漬け」といって、ぬか床がいい感じになるまで、野菜の芯などを漬けては捨てるなんて・・・!すぐにできるのかと思ってた・・・。

というわけで、熟成期間を終えてからようやく、食べる用に漬け始めました。

なかなか、ぬかの味がしない・・・

いよいよ食べごろかと、前日に漬けたキュウリを取り出し食べたところ、塩辛い・・・!

そこからも、ぬか床を混ぜて野菜を漬けましたが、なかなか、ぬかの味や香りがしない。

どうやら、はじめから冷蔵庫で保存すると、ぬか床の熟成が進まないようです。熟成の適温は20℃~25℃だそうです。

そこで、冷房が効いている昼間は常温で保存、夜は野菜室で保存することにしました。

ようやくぬかの香りが!

そして昨日、容器のふたを開けた瞬間、ぬかの香りが!取り出したゴーヤもぬかの香りがして、塩辛くない!

なんとか、ぬか漬けらしいものが出来ました~。

※はじめから熟成されたぬか床と、容器がセットになったものも売られているんですね。いいなぁ~。 

ぬかみそ臭い女

ぬか漬けは手間もかかるし、簡単ではないんですね。でも、毎日ぬか床を混ぜたり野菜を漬けるのは、すごく楽しい。なんか、生き物のお世話をしているような感じです。

気が付くと、母と同じことをしている、わたし。ぬかみそ臭い女になりそう。

これから、お米が美味しい季節がやってくるのが楽しみです!

 

 

 

『血流がすべて解決する』がすすめる健康法を実践中。調子のよさを実感しています!

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こんにちは。カナエです。

3ヵ月ほど前から、漢方薬剤師・堀江昭佳さん著『血流がすべて解決する』という本ですすめられている健康法を、実践しています。

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本には、体質が改善されるのには4か月かかると書かれています。
4ヵ月と聞いて、結構な時間がかかるんだなぁとか、続くかな?とか思いました。

が、続いています!そして、胃腸の不調やPMS月経前症候群)が改善したり、調子の良さを実感しています。

短期間で変わるというのも魅力的です。
ですが、じわりじわりと時間をかけると、生活習慣や自分の意識も変わっていくのが分かります。

『血流がすべて解決する』の健康法

まずは1週間夕食断食

まずはじめに、胃腸を元気にして、きちんと栄養を吸収できるようにするために、1週間の夕食断食を勧めています。

1週間夕食だけとはいえ「断食」!いきなりハードルが高い・・・。ですが、ずっと胃腸の調子が悪いのを改善したかったので、ハードルを少し下げて、平日の5日間だけチャレンジしました。

寝る前にお腹が空いて、辛い夜もありました・・・。
でもそれを乗り越えると、体が軽くなった!今まで、どれだけ食べすぎて胃腸に負担をかけていたか、身をもって実感しました。(体重が減るのが心配でしたが、変わりませんでした)

血をつくる食材を食べる

断食で胃腸を元気にしたら、血をつくる身体にするための食材をしっかりと摂るようにします。

  • 肉(特に骨付きの鶏肉)
  • 旬の野菜
  • 発酵食材

などが、血をつくるのにいい食材です。

食べることに特化した続編『血流が全て整う食べ方』もとても参考になります!

この本の影響で、白米を玄米に変え、鶏肉の手羽元を買ったり、味噌をどんどん調理に使ったり、七味唐辛子(奮発して高いやつ)を買ったりしました。

今までの食事をガラリと変えることなく、取り入れやすいと思います!

順番が大事

その他にも、血を増やすために23時までに寝るとか、静脈を流すための呼吸法やストレッチもあります。

大事なのがその順番です。

血をつくる⇒増やす⇒流す

この順番が大事なのだそう。

なぜこの順番なのか、この健康法がどう身体にいいのか、本の中でかなり詳しく解説されています。実践する場合は本を参考にしてくださいね。

調子のよさを実感しています

はじめの1週間夕食断食(実際は5日間です・・・)をしてから本当に胃腸の調子が良く、それをキープするために、本を参考に食事や睡眠を気をつけています。

どうしたら調子が良くなるのかが何となくわかってきて、自分の体の声を聞くって、本当に大事だなとあらためて思いました。

PMSが改善されている気がする

あと、PMS月経前症候群・・・月経前に起こる不調)が改善されている気がします!本には「PMSや生理痛が無くなる」とありましたが、正直、疑っていました・・・。

何年か前から、生理が始まる10日前くらいから、落ち込んだり、イライラが爆発したり、不安定になることがありました。月の3分の一をこの状態で過ごすのは、かなり辛かったです。

ですが、この健康法を始めて、PMSが和らいだ!
偶然かな?とも思って様子をみていましたが、その次の月も軽い。ちなみに、生理痛もほぼ無し。

これが血流の改善によるものなのか、証明はできません。ですが、このタイミングといい、ただの偶然ではない気がします。

血流をよくしたい

3か月間実践して効果を感じている、「血流をよくする」健康法。効果は人それぞれかもしれませんが、特に女性にはおすすめです。

元は「疲れやすい」という体質を改善したくて、手に取った本です。まだまだ元気になるために、これからも血流をよくするための習慣を続けたいと思います。

 

 

 

 

 

『一汁一菜でよいという提案』(土井善晴著)は、食事作りのストレスを吹っ飛ばす!

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こんにちは。カナエです。

専業主婦の身でありながら、毎日の食事作りにストレスを感じています。

解消しようと試行錯誤もしました。 

kono33.hatenablog.com

手間を掛けなくても、時間を掛けなくても、家族を満足させられる食事を作りたい。
ほぼ毎日作り続けられる、モチベーションを保ちたい。

そんなことを追い求めていますが、これまでの価値観をひっくり返すような本に出会いました。

テレビでもおなじみの、料理研究家土井善晴さんによる『一汁一菜でよいという提案』です。

基本はご飯と味噌汁、漬物だけ

この人、本当に料理研究家?と疑いたくなるほど、この本で土井善晴さんが提案する毎日の献立は、潔いまでにシンプル。

  • ご飯
  • 具だくさんの味噌汁
  • 漬物

です。

具だくさんの味噌汁

なぜ、この献立なのかというと、料理することにストレスを感じている人が、負担にならないように、です。

そして大事なのが、簡単でありながら栄養のこともちゃんと考えられているということ。それで「具だくさんの味噌汁」です。

季節によって、色んな具の内容が紹介されています。味噌汁に煮干しがそのまま入っていて、出汁と具を兼ねているものもあります。発想も刺激的で面白いです。

食事作りのストレスが吹っ飛ぶ!

一汁一菜でよいという考えに至る、土井さんの考えや思いもこの本には詰まっています。だから、こんなにシンプルでもオッケイなんだと、納得できます。

突然、毎日の食事が一汁一菜になったら、家族から苦情が来るかもしれませんが、こういう食事もありなんだと思うと、食事作りのストレスが吹っ飛びます!

1年間ほぼ毎日、作り続けるわけですから。栄養が程よく取れて、満腹になること。その基本さえ押さえていれば、いいのではと。この本を読んで、そう思うようになりました。
この本を読んで、ずっと保ち続けられそうなやる気が湧いてきました!

 

 

 

突発性難聴の症状に差があるのは何でだろう?複雑な気持ちになることもあります

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こんにちは。カナエです。

最近、知人にメールしたところ、「少し前に突発性難聴になったけれど、薬を飲んだら治った」という返信が。

突発性難聴の患者は年々増えていると聞いたことはありますが、こんなに近くにも!と驚きました。

と同時に、身近な人が完治したと聞いて、ちょっと胸がざわつきました。

突発性難聴の症状に差があるのは何でだろう?

突発性難聴といっても、入院が必要だったり、後遺症が残る重症なものもあれば、薬を飲めば完治する軽いものもある。

他の病気でもそうかもしれませんが、この差は何だろう?と常々思っていました。

そのなかでも何でわたしは重症だったんだろう??と、知人が完治したと聞いて、複雑な気持ちがムクムクッと表れました。 

ありがたくも、辛い言葉

他にも、わたしの周りでかつて突発性難聴を発症したという方もいますが、完治したという場合が多いです。

なので、「きっと治るから大丈夫」と言ってもらったこともあります。

そして、メジャーな病名になってきたようで、「完治するって聞いたこともあるし、きっと大丈夫だよ」と言ってもらったこともあります。

もちろん、心配してくれている気持ちはとてもよく伝わってくるし、言葉を掛けてくれること自体、本当にありがたかったです。

でも全然大丈夫ではないわたしに、その言葉は辛くもありました。

入院中にスマホで病気のことを調べ、これからは後遺症が残ったままの人生になるんだろうなぁと、何となく分かっていました。症状の重さは、本人にしか分からないんですよね。

完治した人と比べると、胸がざわつきます

身近な知り合いが、軽い症状で治ったと聞いて、複雑な気持ちになる。
励ましの言葉も、辛く感じる。

完治した人と比べてしまうと、後遺症が残ったことに、胸がざわつきます。

どんな病気だって、完治するに越したことはないです。この病気の辛さを知っているからこそ、治った人のことを心から喜べるようになりたい。そう思います。

 

 

 

学校へ行かなくても、右耳が難聴になっても、幸せに生きることはできます

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こんにちは。カナエです。

今回は、小学生の子供を持つ親として、かつて、小学校へほとんど通えなかった元不登校児として、どうしても書きたくなったことです。

新学期を前に、学校へ行きたくない、死にたい、と悩んでいる子供へ届くといいんだけどなぁ。

小学校へ通えなかった子供でした

わたしが小学生だったのはもう30年も前の事です。

そのころは、不登校児というのはかなりの珍しかったと思います。学校に1人、2人くらいしかいなかったんじゃないでしょうか?いわゆる問題児です。

きっかけはよく覚えていないのですが、幼稚園へ行くのがイヤだったわたしの手を、母と園長先生が引っ張って園へ連れていき、他の子供の前で泣きながら抵抗したのが、トラウマになったのではと。今ではそう思います。

そのせいか小学校にも通えず、保健室や、会議室へ通っていた時期もありました。

普通のことが出来ずに自分を責める

小学校に通うって、ほとんどの子供ができている、普通の事です。

そんな当たり前のことが自分にはどうしてもできない。親も周りの大人も、どうにかわたしを学校へ通わせようとしている。

子供ながらに、自分を責めていました。今よく言われる「自己肯定感(自分を認める気持ち)」というものなんて、ゼロですよね。普通に毎日学校へ通う同級生を、あこがれのような目で見ていました。

成長していくこの時期をそんな状態で過ごしたせいか、今でも、ちょっと自己肯定感が低めの大人です。

みんなと同じではない自分を、どうか責めないでほしい

時代は変われど、不登校はやっぱり少数派だと思います。

本当に悲しいのは、学校へ通えない自分を自分で責め続けることです。
みんなと同じようにできない自分を、どうか責めないでほしいです。

学校へ行かないという選択があってもいい

学校へは普通に通えた方がいいです。

でも、学校へ行かないという選択があってもいいと思います。今はフリースクールとか、いろいろな選択肢があるようですね。情報を手に入れやすいし、時代は変わったんですね。

ただ、不登校は決して楽な選択肢ではありません。

不登校は楽な選択ではない

 「不登校なんてナマケているだけ」、「行きたくなくても、頑張って通っている子もいる」。こんなことも言われることもあるでしょう。

わたしは普通に通学できていた中学生の時、不登校だった小学生時代を知られはしないかと、おびえていました。勉強も、追いつくのにかなり努力しました。

不登校は、決して楽な選択ではありません。

でも、とにかく自分を責めることなく認められるように、生きやすくなるように。そのための不登校なら、乗り越えられると思います。

小学校へ通えなかった子供はどうなった?

小学校へ通えなかったわたしは、どんな大人になったのか?

わたしは、地元の子が誰もいない、過去のわたしを誰も知らない、私立の中学校へ入学しました。そこで、今までのうっぷんを晴らすかのように、勉強もスポーツも頑張りすぎ、卒業まであと少しという中3の冬休み明け、再び不登校になりました。

学校へ通うということがやはり嫌で、中卒でもいいかと思いましたが、両親が勧める「通信制高校(つうしんせいこうこう・・・月1・2回くらい通学し、あとは家で勉強してレポートを出すという学びかたです)」へ4年間通いました。

今思えば、通信制高校を卒業したのは大正解。いくらアルバイトでも、履歴書で「中卒」と「高卒」は大きな違いです。(ちなみに、通信制高校から大学へ行った人もいました)

それに、通信制高校はわたしのように、何かと事情のありそうな子ばかりで、気が楽でした。その頃の友達とは、今でも仲良しです。

その後はフリーター(就職せずアルバイトをして働く)として暮らし、結婚して子供を産んで、専業主婦になり今に至ります。

学校にもまともに通わず、将来どうなるんだ?という心配はあるかと思います。ですが、自分が生きやすい環境と出会えれば、自分で何とかできます。

わたしは今、普通の主婦として、とても幸せに暮らしています。

親になって思うこと

親になり思うことは、不登校児の親、特に母親は、本当に大変な思いをしていたんだろうなぁということです。

育て方が悪いとか言われたんじゃないかな?と胸が痛みます。

でも、子供が楽しそうに生きているだけで、親は嬉しい。それが分かったので、今も、楽しく生きていたいと思っています。

好きなことが自分を救う

小学校へ行かない間、家ではよく本を読んでいました。会議室へ登校していた時も、本を持っていって読んでいました。

ずっと家にいるわたしに、本は知らない世界へ連れて行ってくれたり、生きるヒントを与えることもありました。

今では、自分でも文章を書きたくて勉強し、ブログにもつながっています。

好きなことは、自分を救います。それが自信につながることもあるかもしれません。どんな時も、続けてほしいなと思います。 

学校へ行かなくても、右耳が難聴になっても、幸せに生きています!

小学6年間ほぼ不登校
中学3年間は、がんばりすぎてリタイヤ。
通信制高校4年間は、単位ギリギリで進級。

最近は、突発性難聴(とっぱつせいなんちょう・・・片耳が突然聞こえなくなる病気)になり、右耳の難聴(聞こえにくい)という後遺症が残っています。

大変なこともありましたが、周りに助けてもらいながら、自分の力で幸せになることはできます。

不登校だったというだけでエラそうに言いますが、学校へ行かなくても、右耳が難聴になろうが、幸せに生きることはできます!

どんな経験も、生かせる時がいつか来る(と信じています)!

何よりも、死んだらダメです!  

 

 

 

川へ遊びに行ってきました。川の流れる音で、声が聞き取りにくいこともあります

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こんにちは。カナエです。

夏休みも残りあとわずかですね。

週末は、厳しい残暑から逃げるように山へ、川遊びに行ってきました。
川のせせらぎは耳にも優しいかな?と思っていましたが、自然が奏でる音の大きさは想像以上でした!

束の間の涼しさを満喫

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自宅から車で約2時間ほど、山を少し上った、川が近くを流れるバーベキュー場へ行きました。

最近は、だいたいエアコンが効いた部屋で過ごす日々。外出はもっぱら車で涼しい屋内へ。屋外で過ごすなんて、本当に久しぶりでした。

日差しは強いけれど風が涼しく、木々に囲まれてマイナスイオンがたっぷりな感じ。河原に下りれば、緩やかな流れの岩場で、子供が遊ぶこともできました。

いつまでも居たいくらい、気持ちが良かった!

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釣り堀で釣ったアマゴやイワナも、バーベキューで。

川の流れる音が声をかき消す

自然を満喫だ~!!

・・・と思っていたら、川の流れって、こんなにうるさかったっけ??というくらい、川の音が凄かった!

バーベキュー場の側は流れが緩やかなのですが、山の奥の谷間で、滝のように川がゴォゴォと下りてくる音が響いていたようです。

昨年も訪れたのですが、病気をする前だったから、全っ然気にならなかった・・・。

川の音が声をかき消して、聞き取りづらいことが多々あり。決して耳障りな音ではないけれど、難聴の耳には困ったことでした。

それでも自然の中は心地良い

川の流れる勢いって、場所によってはすごいんですね。せせらぎなんていう、可愛いものではありませんでした。

でも、今までとは感じ方が違っても、自然の中で過ごすのは、やっぱり心地良いです。突発性難聴の後遺症があっても変わりません。

暑すぎて引きこもり気味でしたが、束の間の涼しい時間を、楽しむことができました。