この耳で生きていく

突発性難聴の日々を自分らしく暮らす

入院生活9日目・10日目

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入院9・10日目の記録です。

台風がくるせいか、病院の軒下に避難しにきた鳩。
鳥でも台風の風にはのれないのかな?

 

 

入院9日目

家に帰りたい

 日曜日。

母と姉が見舞いに来てくれる予定が、台風の影響で中止。
今回の台風はかなり大きいらしく、電車が止まる可能性があるだから。

寂しいけれど、お見舞いに来たばっかりに何かあったらと思うと気が気じゃない。

 

 

昼過ぎに、大雨の中、夫と娘が来てくれる。

昨日は見舞いの人達でデイルームは混雑していたけれど、今日は台風のせいか少ない。

家族が来れなくて、がっかりしている人もいるだろうなぁ。

 

 

3人で1階のコンビニでおやつを買って、デイルームで食べた。

以前は当たり前だったこんな時間が、今は嬉しすぎる。
寂しいとは口にせず、しっかりしてくれている娘の姿に、本当に救われる。
夫も大変だと思うけれど、やっぱりまだ8歳の娘のことが一番心配。


そして、2人が帰ってしまうのが、本当に寂しい。

ずっと病気の事しか考えられなかったけれど、早く家に帰りたいと、初めて思った。


ところで今日から全粥から普通のごはんにしてもらった。
すごく美味しいからずっとお粥でもよかったんだけど、そろそろ普通の生活に戻していこうと思って。

まずはごはんから。

 


入院10日目

再びの「希望」 

 

聴力検査。

ちょっとだけ右耳でも聞こえる。でも本当にちょっとだけ。
その後、診察。
主治医ではない若いイケメン先生が、聴力検査の結果を見ながら、説明してくれる。

そこで分かったこと。
入院した日の検査では、数値が振り切っていた。(パソコンの画面でチラリと見たけれど、すごい下の方で、点と点がつながらずバラバラ)

でも今日は少しだけど、良くなっている。

「ほら、この数値を見ても良くなっているし」
と、良いところを探して励ましてくれる。

そして最後に、
「希望を捨てずに頑張りましょう」
と、わたしの目を見て言った。


またでた、「希望」という言葉。
今頃気が付いたのだけど、わたしは能天気すぎたのかもしれない。
2人の先生が「希望」という言葉を持ち出さなきゃいけない、そんな状況なのだ。



何となく感じてはいたけれど、もしかしたら右耳はずっとこのまま、よくならないかもしれない。

だって入院してから1週間たっても、行きたいと思っていた1階のカフェに行く気もしないくらい、圧迫感も耳鳴りも酷いままなのだ。


この壊れた耳のままで、どうやって生きていけばいいんだろう?
そんな不安に襲われて、ベッドの上で初めて泣いた。

 

突発性難聴、あんなに突然やってきて、治るのはこんなにも徐々になんだ。

このところ、静かな病室にいても耳鳴りが酷く感じる時がある。

 

 

それと、昨日の台風の影響で、テレビがNHK以外映らなくなってしまった。
わたしはあまりテレビを観ないからいいけど、隣のベッドの患者さんは、絶食でずっと点滴。
しかもあまり部屋から出ないようだから、テレビが映らなくて困っているみたい。

すごく良い人で(って話したこともないけど、聞こえてくる会話から察するに)、控えめに看護師さんに「映らないね・・・」と言っていた。

なんだか、悪いことは続く。

早く、復旧することを祈るばかり。